7/04/2013

2年ぶり、ただいま、サンフランシスコ

今の気持ちを例えるなら昔付き合っていた彼女と2年ぶりに再会するような気持ちかもしれない。

2年前、ほとんど同じベイブリッジが見える場所、ほとんど同じ日時に、サンフランシスコを旅立った。
留学を終えた後に旅を始めて、大学に戻ってからも休みがあるごとに何処かに出かけた。インドで貧困と生死を、香港で熱狂と躍進を、広島・長崎で歴史と戦争を、チュニジアで紛争と自然を。旅だけでなくて日常もしっかりと生きてきたつもり。この2年間で見たこと、聞いたこと、考えたこと、経験したことは本当にたくさんあって、忘れないようにブログにそれらの思考や経験を書き残してきている。

以前の自分だったら気づかなかったようなことに目が向くようになって、たくさんのことに好奇心が湧くようになった。

それでもまだまだ学生だから、本質的な部分はそんなに変われていないだろうし、自身の知識と知恵不足に悩まされる日々だけれど、この2年間で自分がどれだけ変化したのか、サンフランシスコが答えてくれるんじゃないか…そんな気持ちがある。
「久しぶりだけど、何も変わってないね」
「たった2年だけど、すごく変わったね」
でも、街は昔の彼女みたいには答えてくれない。だから、どうやって街を見るようになったか。どれだけ多様な視点を持てるようになったか。新しい気付きがあるか。それらは自分で自分に聞いてみる必要がある。


友達がブログで紹介していた話で、「一杯の水が入ったコップ」というものがある。
机の上にある水が入ったコップを見て、
「なんだ、ジュースじゃないのか…」
とがっかりする先進国の子供もいれば、
「生水が飲める!」
と感動する発展途上の国の人もいる。商売をしている人であれば、
「この水の原価はいくらで、どれぐらいの値段で売れるかな」 
と案を巡らすだろうし、 科学者や学者だったら、
「水の組成は…効用は…次の戦争は水を奪い合うものになるぞ…」
と考える。


同じ対象でも、その人が経験してきた背景や思考回路によって、生まれてくるものは全く異なる。この2年間で新しく得られたものはなんだろう。あるいは、変わってないことはなんだろう。変わっていないこともきっと大切なことで、それに気がつくことも大事だと思う。

人も街も、日々少しずつ変わる部分があり、変わらない部分がある。




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