11/13/2012

Benedict Andersonのナショナリズム

世界には4つの『リズム』が溢れている。ナショナリズム、ポピュリズム、グローバリズム、テロリズム…

そんな話は、新聞を読んでいる人や社会に興味がある人であったらよく聞くことだろう。これらは全て、つながっている。でも、多くの人が本気で考えたり悩んだりしていないから、国が、世界が、社会が危ない方向に煽動されてしまう。


今日の朝日新聞のオピニオン欄に、ナショナリズム研究の第一人者、名著『想像の共同体』を執筆したBenedict Andersonがナショナリズムについての考えを語っていた。彼の考え方は、僕のもやもやとしたナショナリズムに対する考え方に光を与えてくれた。種を与えてくれた。ここから自分でどれだけ考えられるか。意識することができるか。それが大事なことだけれど、まずは先人の、賢人の知恵を学び理解することが大事だと思う。忘れないために、心に響いた彼の言葉を抜粋する。全て2012年11月13日のオピニオン欄より引用。
「自分の国がどうもうまくいっていないように感じる。でも、それを自分たちのせいだとは思いたくない。そんな時、人々は外国や移民が悪いんだと考えがちです。中国、韓国や在日外国人への敵対心はこうして生まれる。これはナショナリズムというよりは民族主義、人種差別的な考え方です」
「通常のナショナリズムは生活の一部であり、習慣やイメージであり、空気のようなものなのです。(中略)誰もが、『日本人』であることを当たり前に受け入れています」
「ナショナリズムそのものが悪なのではありません。それは、いわば社会の接着剤であり、人々に『自分は日本人だ』と感じさせるものです。(中略)そして、この当たり前の感覚が崩れるとしたら、それは社会の危機を意味します」
「本来、ナショナリズムは未来志向なんです。考えてみてください。私たちはなぜ税金を払うのか」
「黒人の権利、同性愛者の権利を認めるとき、人々は『彼らだって同じ米国人なんだから、同じに扱わなければ』と考えたはずです。国家という概念が、こんな考え方を可能にする。ナショナリズムは、人種偏見や性差別を乗り越えるのです」
「ネット上には、差別を助長するような内容の情報が漂っています。(中略)人は、自分が信じたいものを信じるものです。ネットでは、自分のお気に入りのリンクだけ見ていれば、他のニュースは見ずに過ごすことができる。政治、経済、国際などのニュースが一つになっている新聞とは正反対のメディアです。『リンクの世界』では24時間、特定の情報にだけ接して過ごすことができるし、グーグルで検索すれば何も覚える必要がない。コンピューターの前に座るだけの生活はもうやめたほうがいいと若者たちには言いたい」


日本人の、特に僕の世代の人々のナショナリズムは既に間違った方向に向かっていると思う。例えば、同時期に発生したオスプレイ配備問題と、尖閣諸島問題。なぜ、ナショナリズムは重すぎる負担を分担してくれと訴える多くの同胞より、むしろだれも住んでいない島に向かったのか。 メディアのせいだと煽る人がいるけれど、そのメディアを作りあげて支えているのも僕達のナショナリズムや、社会に対する無関心や無知である。


韓国人の友達が、日本が右傾化していることが怖いと言っていた。右傾化とは、国粋主義、自分の国の文化・伝統を他国よりも優れたものとして、排外的にそれを守り広げようとする考え方。Benedictが語るように、排外主義や人種差別は、ナショナリズムとは本来、別物であるのに、それが混同している。この傾向の行き着く先は、自明だ。
争い、奪い合い、憎しみあい、嫉み、妬み、無関心、非協力…
戦争だ。


僕たちは争いを求めているのだろうか。歴史は繰り返すというけれど、戦争が生んだ無意味な死も繰り返されなければならないのだろうか。涙が出る。


元米国大統領、ビル・クリントンは言う。
"We live to prove that cooperation works better than conflict."
「我々は、紛争よりも協力関係のほうが有効だと証明するために生きている。」 

戦争を生み出すのは、国や権力ではない。僕達一人ひとりの優しさの欠落、間違った愛の形、 無関心、そして間違ったナショナリズム。
正しいナショナリズム、Benedictの語るナショナリズムを、心の柱にして毎日を生きていきたい。僕のため、家族のため、社会のため、日本のため、世界のため、未来のためのナショナリズムを。

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