3/10/2015

月の谷の鼓動音

パキッ。…パキッ。

ツアーガイドの指示に従い、ポーランド、ベルギー、ドイツ、そして日本からきた僕ら旅行客は息をひそめ、耳をすませると、白壁が音を鳴らした。
南北に長いチリの北端に位置する砂漠地帯、アタカマ。そこで僕は大地の鼓動を聞いた。



世界で最も乾燥した砂漠として知られるアタカマ砂漠、その端に位置するSan Pedro de Atacama。ここは隣接するボリビアのウユニ塩湖ツアーの発着地。南米最貧国であるボリビアと比べると街並み、インフラ、人の装いなど全てにおいて洗練されており、西洋人が多く集まる観光地となっている。

南米旅も折り返しを迎え、当初の目的であったマチュピチュ、ウユニ塩湖を経験し、さて、次にどこへ行こうか…と考えあぐねていた矢先に友人が言った。
「アタカマが面白いらしいよ」
チリを訪ねるつもりはなかったけれど、ウユニからバスで12時間、悪路と国境と露天掘りの銅山を通り、アタカマへ行くことにした。

アタカマではボリビア側まで抜けるウユニ塩湖ツアーを始め、乾燥し空気の揺らぎが少ない条件を活かしたスターゲイザーツアー、近隣の遺跡を訪ねるツアーなど数多くのレジャーがある。その中で僕は"Valle de la Luna"、月の谷を訪れる夕方のツアーに参加した。

「月の谷」と称される土地は街からすぐの距離にある、起伏に富んだ谷。月面のように見えるから…と地球の歩き方には書いてあるが、ガイドさんの説明によるとその通りではなく、この特異な地形のほぼ全域を形成する天然の鉱石セレナイト(Selenite)の語源がギリシア神話の月の神、セレネに由来するからとのこと。岩肌には無色透明の鉱石が露呈し、鈍く光っていた。また、この土地では塩の結晶・ハーライト(Halite)も豊富に採れ、岩塩の鉱山跡もあるという。

月の谷を上から眺め、セレナイトとハーライトが豊富に見える洞窟を歩き、少し開けた谷あいの地に来たときに、ツアーガイドが突然声を低くした。

「…ここで、皆さん静かにしてください。音が聞こえてくるはずです。」

15名ほどの参加者はず会話をやめて耳をすました。すると、どこからともなく、小さいけれど確かに、パキッ…パキッ…と音が聞こえた。

「聞こえましたか?これは鉱石が砂漠の昼と夜の温度差によって膨張・収縮することによって小さな割れ目が壁の中で入っている音なんです。」

「通常の鉱山は地上から数百メートルの地下の定温部にあるのでこのような音は聞こえません。世界中でも、寒暖差の大きい砂漠地帯に近いこの土地ならではの現象、そして知らなければ聞こえない小さな秘密の音なんです」

決して大きな音ではなかったけれど、その音は僕の胸には強く響いた。不動の象徴とされる大地が鳴らす、小さな鼓動音。
静かにし意識を向けなければ聞こえないそれは人間の鼓動音と同じであり、大地もまた生きている。そう主張され気付かされたようであった。

「美しさは細部に宿る」
マチュピチュやウユニ塩湖の魅力はその漠とした美しさでよく知れ渡っていて、僕も全身とカメラでそれらを体験した。しかし、写真には収まらない美しさ、細かく小さくけれど力強い魅力も世界にはたくさん存在する。月の谷の鼓動音は、まさにそのような美しさだった。




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