3/07/2015

月を共有した時代

孤独をまぎらわすために、人は共有する。
言葉を、写真を、声を、身体を。
ビットの波に流され、流され、地球の裏側にいても
人は孤独を共有できるようになった。一瞬で。光の速さで。

電話をかけてもタイムラグはなく、
手紙を書いたら間違いなくとどく。
孤独を紛らわす方法は幾千もあるのに、
僕たちは今でも寂しがりやで、怖がりだ。

太古の友人はネットを持たず、手紙は使わず、
写真も撮らず、言語すら残さないものもいた。
そんな彼らも人間で、寂しがりやで、怖がりだ。
旅に出た太古の友人は、愛する人に、どうやって共有したのだろう。

見上げた空に満月。
あの人もこの月を見ているのだろうか。
そうやって、月を共有した時代があった。
時差もあって、不確実で、なんとも自分勝手な寂しさの媒体。

それでも、いいな…と思ってしまう。
ビットの時代を生きる僕。


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