2/16/2013

亡くなったけど生きていた、けれど届かない僕のじいちゃんの話


「今生きている人は今まで死んだ人より多い」
こんな小説の行を読んだ記憶が在る。ふと気になってGoogleで調べてみたら、興味深いことに、計算をしてこの説が合っているというブログ記事と、さらにそのブログに対してその計算が間違っているというブログ記事を見つけた。
(→今生きている人は今まで死んだ人より多い
(→「今生きている人は今まで死んだ人より多い」は間違いである


外資系の入社試験で出されるフェルミ推定の問題のようで面白いなぁと思いながら、検算してみようかなと思ったけれど面倒なのでやめた。
この台詞を急に思い出したのには訳がある。祖父の命日が近づいて来ているから。そして、その祖父を思い出して1人泣いたから。



祖父はうるう年の去年、うるう日に亡くなった。だから厳密に言うと祖父が亡くなった日は今年はやってこない。なんて、子供だましは通用するわけもなく、命日から数えて366回目の太陽は間違いなく昇り、人間が作った年月という制度の一つの節目がやってくる。
来週末には祖父の一回忌が訪れる。


僕は祖父が大好きだった。正確には、祖父が僕のことを大好きだったのかもしれない。僕は初孫だったので、記憶にはないけれど、祖父からの愛情をたっぷりともらって育って来たのだと思う。
それでありながら、僕は祖父の臨死を経験することができなかった。昨年のこの時期、インドと香港へと旅に出ていた。聖地バラナシへ向かう途中に、母から「おじいちゃんの意識が朦朧としはじめている、竜が帰ってくるまで持たないかも」と連絡があり、「すぐに帰国する必要はない、おじいちゃんもきっとそう思っている」とも言われた。


すごく悩んだ。けれど、旅を続けて、バラナシに滞在した2日目に、祖父は亡くなった。バラナシのホステルの部屋の中でその知らせを受けて、泣きまくった。ヒンドゥー教の聖地であり、インド中から集まってくるくるたくさんのインド人の亡骸が火葬・水葬される様子に祖父の姿を重ねた。ブッダが悟りを開いた菩提樹があるブッダガヤで祈りを捧げて、菩提樹の葉っぱとバラナシの聖水を手に持って帰国した時には祖父の葬儀は終わり、祖父は戒名を授かって仏壇の脇の骨壷の中で静かに眠っていた。また、泣きまくった。


祖父を失って気がついたことがある。それは、人は、誰かの記憶の中では永遠に生きて行けるのかもしれない、ということ。「名残」という言葉のとおり、人の存在は物理的には消えてなくなってしまっても、その名前は様々なところに残される。記憶の中だけでもなく、紙の上やモノの中、そして、コンピュータのメモリの中にも。


今日、留学をしている友達と会話をするために久々にスカイプをつけた。スカイプのリストの中に、"Yukio Shimoyama"のオフラインマークを見つけて、思わず涙が出てきた。もう、オンラインにはならないskypeアカウント。会話記録は何も残ってなかった。
なんとなく、"Call"ボタンを押したのがマズかった。一瞬だけ「トゥルルル…」と鳴って、消えて、表示されたメッセージを見て涙が止まらなくなった。
"Call Ended, unable to reach this contact."
じいちゃんは亡くなって、じいちゃんのスカイプアカウントは生きていたけど、やっぱり届かなかった。


ライフログ、ムーアの法則、データマイニング、人工知能…
Googleで働くことになった米の有名な未来学者Ray Kurzweilは2029年に人間と同じレベルの人工知能ができると予想した。そんな言葉を聞く度に思うことがある。僕のFacebookやmixiやこのブログに残した永遠のデータから僕が死んだ後もオンラインで在り続ける"Ryunosuke Shimoyama"アカウントはできるのかな、ということ。
僕の孫やひ孫が、僕の死んだ後にそのアカウントと会話をする。
「じいちゃんの若い時って、どんな時代だったの?」
データマイニングしてパーソナライズされたAIの僕は答える。
「うーん、そうだな…まぁいい時代だったよ。日本では戦争は無かった。人の命は凄く大事だった。英語の勉強を自分で頑張ってしないと海外の人とコミュニケーション取るのが大変でね…」


冒頭に引用した「今生きている人は今まで死んだ人より多い」。この言葉にはどうやら続きがありそうだ。

「今生きている人は今まで死んだ人より多い...かどうかはよくわからない。けれどきっと、亡くなっても生き続けている人の数は今後もっと多くなっていくよ。」
そんな未来が実現するのか、SFの中の夢物語で終わるのか。
果たして良い未来なのか、悪い未来なのか。
人の記憶がAIでトレースされてしまうなんてやだなぁって感じるけれど、今日じいちゃんのスカイプを見つけた時に、アカウントが緑色になって、もしも話すことが出来ればなんて嬉しいんだろう…って強く思ったことも事実。


かつてのマッド・サイエンティストは、墓場で死体を組み上げてフランケンシュタインを作り上げる。
未来のマッドorグッド・サイエンティストは、ウェブ上でデータを組み上げて思考する人を作り上げる。


このストーリーは今後どうなるか。
いつか、一緒にゆっくり考えてみましょう。


0 件のコメント:

コメントを投稿