10/06/2013

大きな世界地図と小さなもの

大きな大きな世界地図を、僕の狭い部屋の壁に貼った。



4年前の僕のパスポートには、スタンプはひとつも押されていなかった。Facebookの友達の数も、数えるほどの人しかいなかった。この2〜3年以内に出会った友人の中には、僕が昔から海外を飛び回ったりしていると思っている人がいるけれど、とんでもない。海外で起こっていることを考える余裕なんてない、視野の狭い人間だった。というよりも、自分自身の視野が狭いということにすら気がついていなかった。


今でも格段それが変わったとも思わないし、4年前とくらべて視野が広がって何かができるようになったかと問われると、悲しいけれどそうはなってない。逆になにも知らないほうが強くいられたのではないかな…って悩み悲しくなることもある。でも、明らかに言えること、変わったことは、4年前の僕は部屋の壁に世界地図を貼ろうとは思わなかったということ。


異国の酒を口にして、現地の人と笑いあった。僕を好きになってくれる人もいたし、恋焦がれる出会いもした。その経験から、僕はなにか専門性を得たわけでもない。では何を得たのだろう…と考えた。出した結論が、この世界地図。地図の上にある様々な国の名前、都市の名前、以前は何も考えられなかったこれらの文字列を眺め目を閉じると、そこに生きる人々の笑う声、泣く姿、怒れる様子がなんとなく、思い描けるようになった。


ものすごく不思議なことだけれど、大きく大きく物事を考えはじめたら、逆に小さな小さなものに気がついて心打たれるようになった。人間はどうして生きてるのか、働くのか、争うのか、愛するのか、死ぬのか、笑うのか。草木の美しさ、雨の気持よさ、空気の香りと空の色。例えば、こんなこと。考えたり気がついたりしたのは、世界地図の上にいる自分自身を意識して俯瞰できたときだった。旅をしてるときだった。


ベッドの横に貼った世界地図は、毎日、起きるときに、寝る前に、必ず視界の中に入る。それは世界を意識するモチベーションではなく、すぐ近くにある大切なものや特別な人を大切にするべきだと気づかせるスイッチとなる。
大きな世界と小さな大事なものは、どこかでつながっている。
そんなふうに僕は思っている。

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