10/13/2013

ターナーの記憶色と空気感

秋空が心地よい週末に、上野・東京都美術館のターナー展を訪れた。
先週スタートの企画展示は以前から行きたいな…と思っていたもので、あまりメディアに露出していないためか、混み具合もさほどでもなく、ゆっくりと見て回ることができた。


初めてJ.M.Wターナーの名を知ったのはおそらく中学生の頃。当時聴き始めた山下達郎の楽曲の中にあった『ターナーの汽罐車』、歌詞を口ずさみながら、ターナーってなんだろう、それが知ったきっかけ。
退屈な金曜日 埋め合わせのパーティー
お決まりの場所に 吹き替えの映画さ
まるで 気のない声
 虹色のシャンペインを 傾ける君の
見つめる絵はターナー
おぼろげな汽罐者が走る 音も立てず
こんな夜の中じゃ 愛は見つからない
こんな夜の中じゃ 愛は戻ってこない
知っているのになぜ
夏目漱石も愛したターナー。代表作の坊っちゃん、教頭の赤シャツが美術の先生・野田と瀬戸内海に浮かぶ島の松を見て、ターナー島と名付けながら教養自慢を皮肉る描写なんかは印象的だった。初めて読んだときは僕も坊っちゃんと一緒に、「聞かないでも困らないことだから黙っていた」。

それでも、留学後に様々な美術館を訪れて西洋絵画を見て学ぶようになり、僕の知る数少ない画家のひとりとしてその名前は心に刻まれ、「あ、ここにもターナー」とその出会いを喜ぶようになっていた。ロンドンにあるナショナル・ギャラリーで見た山下達郎の楽曲の題材となった"Rain, Steam and Speed"に出会ったときは、思わず心躍った。


さて、ここから写真の話。

ターナーの絵を見ながら、以前に写真や撮像素子、デモザイクに関して勉強をしたときに学んだ2つの言葉を思い出した。『記憶色』と『空気感』。

記憶色とは、被写体の持つ現実の色に対して、僕達がその被写体に対して「こうであろう」あるいは「こうあるはずだ」という思い入れを含む記憶に基づく色合いのこと。例えば、空の青さに関する記憶色。空の青さも、夏に見える白っぽい色合いよりも、秋や冬の抜けるようなコクのある青空のほうがイメージが強い。だから、スマホで撮った写真を加工してfacebookにアップロードするとき、僕たちは空の色を青くしてくれるフィルターを好む。同様にして、桜の色はピンクを強く、葉っぱの色は緑を強く。
人間の、何かに対して「こうあるはずだ」と思う気持ちは無意識の中にも強く現れている。

空気感は、写真を評価するときに使われる言葉。空気は透明だから写真には写らない。それなのに、”空気感が感じられる写真”という言葉が一般的に使われている。でも、空気感の定義というものは僕の知る限り存在していない。空をノイズ無くスムーズに撮れた写真がよしとされる場面もあるし、シャープなエッジなんかが際立った写真の空気感が評価されることもある。評論家や写真家それぞれが思い描く空気の雰囲気や形によって異なる。だから、空気感という言い方にはそこに個人の思い入れが大きく作用している。

ターナーは、今回の展示でも紹介されていたけれど、その絵の多くに黄色を多用する。朝焼けに照らされる木々を薄い黄色で塗ったり、建物の色味も黄色がかっていることが多い。光や雰囲気の効果を得るために、絵具を拭ったり、擦ったり、洗ったりまでしてその黄色を描いている様子から、ターナーが心に描く空気や世界の記憶色は、僕達が実際にみるそのものよりも黄色いフィルターがかけられているのだろうな…と感じられた。

時代と地場の顔料・染料のせいもあるとは思うけれど、日本の伝統的な絵画には見られないような空気感と記憶色としてターナーは黄色を使う。それなのに、世界中の人々がTurner’s yellowといって称賛するその色味と雰囲気は、美術に疎い僕なんかでも、なんだかいいなぁと思わせるものがある。写真を撮り、色みを調整するときに少し黄色を足してみようかなぁと思ってみたりする。


SNSと高性能のスマホに搭載されたカメラで、誰もがみんな「いいなぁ」とおもった目の前の雰囲気を写真に撮って、シェアできるようになった。そのときに、各種あるフィルターから好みのものを選択して、自分の思い描く記憶色や空気感を添加する。
なにげなーく、かっこよく、かわいくするために選択している様々な効果は、自分の心の中にある記憶色を表現している。それは、小さいけれど一人ひとりの記憶や感性に裏付けられて行っている自己表現。僕はそれがとても良いと思っている。

写真にフィルター効果をかける前に、少し手を止めて考えてみる。
なんで、空を青く表現したいのか。どうして空気が黄色く感じるのか。
自らの記憶の中にその答えがあるかもしれない。
そんな一瞬の追想を、次に写真を誰かに見せるときにふと行ってみてはどうだろう。
写真を撮ったり見たりするのが楽しくなるかもしれない。


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