9/03/2013

「このへんな生きものは、まだ日本にいるのです。たぶん。」

ジブリ派か、ディズニー派か。
小さい頃に見せられていたアニメ映画はどちらが多かったか、そんな話を友達とすることがある。僕は断然、ジブリ派。小学生になる前、僕がずっと小さかった頃、誕生日に買ってもらった映画「となりのトトロ」のビデオをつけると2時間画面の前から微動だにしなかった。何回も何回も見続けたビデオテープは擦り切れて、当時1万円ほどもしたビデオテープを新調したほどだった。
「トトロのおかげで子育てが楽だったわー」
そんな昔話を母さんから聞かされたことがある。


家には巨大なトトロのぬいぐるみがあって、弟と3人でよく遊んでいた(耳がちぎれかけていたあのトトロ、どこいったんだろう)。高校生になって初めて買った携帯ストラップは柄にもなくトトロとまっくろくろすけのもの。夏になると無性に冷たいトマトやとうもろこしをほおばりたくなる。どんぐりが転がっていたら追っかけていく好奇心が今も心の底に宿っているように感じる。3つ児の魂100までも、という。1988年に公開されたトトロとともに僕は育った。


宮崎駿監督が引退をするというニュースを聞いて、寂しくなりながら、小さい頃から見続けていたジブリ映画のシーンを脳裏に思い浮かべた。舞台は日本の田舎・郊外であったり、異国の地であったり、不思議の国のようなこともあるけれど、どの映画にも通じているのは宮崎駿監督の世界観、大人のなかにある子供の心。子供心にはわくわくするし、大人からは懐かしさと忘れていたなにかを呼び覚ましてくれる。
「ジブリ映画を見返してみるとまた新鮮で昔とは違うよね」
そんな会話もするようになった。


「となりのトトロ」公開時の、糸井重里さんによるキャッチコピーがしんみりと心に響く。
「このへんな生きものは、まだ日本にいるのです。たぶん。」
「忘れものを、届けにきました。」 
これからも、このへんな生きものは日本にいて欲しい。日本にだけいて欲しいとか考えてしまうのは、僕の欲張りなこころのせいか、それともいまアメリカにいるからだろうか。忘れかけた時には、再生ボタンをまた押せばいい。擦り切れたビデオテープはなくなってしまっても、監督は引退してしまっても、作品は残り続ける。


帰ったら、まず、トトロ見ようかな。

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