8/30/2013

留学生の悲哀・旅行者の歓楽

留学生の悲哀というものがある。
周りで会話がはずんでいるのに、自分だけついていけない。手に持った飲み物がどんどんとぬるくなる。窓の外を眺め、考えにふけっているように見せる。大勢の中のひとりぼっち。異国の地で、なんとも心細い気分に襲われる。 

旅行者の歓楽というものもある。
外国で日頃のしがらみから開放される。外国にいれば意地を悪くする機会もすくないし、よりいっそう自分自身に満足できる。人と言葉をかわさなくても、異国の地にいるということで得られる満足感や、気楽な人の結びつきを楽しむことができる。

留学に行った友達と話したり世界中を旅した人と語りあうと、そんな悲哀と歓楽にまつわる話を聞くことが多い。けれど、考えを変えればそれらは180度反対のものにもなる。
留学をして、孤独を感じて、始めて自分自身について真剣に考えられたとか。
旅をして、刹那の出会い別れに嫌気がさして、深いつながりを大切にしようと思ったとか。

3ヶ月の米国滞在は、留学生になりきるには短すぎるし、旅行者になるには長すぎる。2ヶ月が過ぎて帰国という言葉が脳裏にちらつき始め、自分自身の留学生活を振り返ってみる。それは、自分自身の人とのつながりを再確認する期間でもある。ふとした閑暇に思い出す忘れかけていた人、懐かしく感じる自分が属していたコミュニティ、それらはきっと、近すぎて見えていなかったこと。自分自身にとって本当に大切なもの。当たり前だと思っていたけれどすごく貴重ななにか。

帰国まで残り3週間。
人間最後はひとりぼっち。変な慣れ合いや無駄な付き合いが僕はあんまり好きじゃない。それでも、人間関係がなければ僕は無となる。競いあったり、助けあったり、愛しあったり、憎しみ合ったり。そんな関係から生まれるドラマを楽しみたい。
会いたいなぁと思う人たちがいる。少しさびしく感じるこの気持ちを忘れずに。


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