2/14/2014

論語と算盤と就活

12月から始まった就職活動も、早2ヶ月半が過ぎた。
様々な会社で働く社会人の方とお会いして、その中からは面接を受けさせていただく会社もあり、けれど残念な連絡もあり、なぜか次の一歩を進められる会社もあり、一喜一憂を繰り返す。
これからますます増えていくこの特別な機会、経験を、惜しみなく受け止め、自らの成長につなげたいと心から想う。


就活中、縁あって出会った一冊の本、渋沢栄一の「論語と算盤」。

現代語訳 論語と算盤 (ちくま新書) [新書]

数日前の日経新聞で、某企業の社長がこの本を座右の書としてあげていて、「読みたいなぁ…」と考えていた。そんな矢先に、尊敬する先輩の、そのまた先輩をOB訪問した際に再びこの本を紹介され、手に取ることになった。


商業に論語の道徳観を組み込み、短期利益を追い求めるような経営・実業ではなく、「利潤と道徳の調和」を謳い、数々の企業を立ち上げた渋沢栄一。氏の精神性に惹かれるものが多くあった。そして何より、人の「徳」や「仁」を本気で感じ考えている人でであることも感じ取れた。


以下、本書より抜粋。
『道徳というのは、他の理学や化学といったもののように、少しずつ進化していくものなのだろうか。言葉を換えれば、道徳は文明の進化に従って、みずからも進化できるのだろうか。』第5章 理想と迷信 p109 
『だいたいにおいて、人を評価して優劣を論じることは、世界の人の好むところであるが、よくよく真相を見極めるむずかしさは、さまざまな事例からも窺われるもの。人の真価というのは、簡単に判定されるべきものではないのだ。本当に人を評論しようと思うならば、その富や地位、名誉のもととなった「成功か失敗か」という結果を二の次にし、よくその人が社会のために尽くそうとした精神と効果とによって、行われるべきものなのだ。』 第6章 人格と修養 p129
『もし富める者も貧しい者とともに「おもいやりの道」を選び、そして「おもいやりの道」こそ人の行いをはかる定規であると考えて社会を渡っていくなら、百の法律があろうと、千の規則があろうと、そちらの方がすぐれていると思うのだ。』第7章 算盤と権利 p154
『昔の学問と今の学問とを比較してみると、昔は心の学問ばかりだった。一方、今は知識を身につけることばかりに力を注いでいる。また、昔は読む書籍がどれも「自分の心を磨くこと」を説いていた。だから、自然とこれを実践するようになったのである。さらに自分を磨いたら、家族をまとめ、国をまとめ、天下を安定させる役割を担うという、人の踏むべき道の意味を教えたものだった。』第9章 教育と情誼 p193 
『今日の時代は高度な教育を受けた人物の供給が多すぎる傾向が見受けられる。学生は一般的に、高度な教育を受けて、立派な事業に従事したいとの希望を持っている。だから、たちまちそこに人が集まり、供給過剰を生まずにはいられなくなる。(中略)今日の学生のほとんどは、その少数しか必要とされない、人を使う側の人物になりたいと志している。つまり学問をしてきて、高度な理屈も知っているので、人の下で使われるなんて馬鹿らしいと思うようになってしまったのだ。』第9章 教育と情誼 p202

就活中、よく問われる言葉がある。
「就職活動の軸はなんですか?」 
「グローバル」「お金」「若い頃からの成長」「安定」「大都市での勤務」「挑戦」「尊敬できる先輩」「整った福利厚生」…その全てが、もちろん僕も欲しい。
けれど、もし最終的に決断をしなければならないときには、評価をするときには、僕が軸に据えたいものは渋沢栄一が「論語と算盤」の中で説くような「徳」になるのだと本書を読み終えて改めて思った。

「徳」を涵養する環境自らを磨き、尊敬する人と働き、愛する人を幸せにし、会社に貢献し、日本を元気にし、世界を安定させること。
キレイ事すぎて具体性ゼロであるけれど、そんな風に生きられたと、死ぬ瞬間に思えるような人生を過ごしたい。

就活の終わりまで残り2ヶ月ほど。テストセンターの勉強とか、会社研究とか、自己研究とか、そして、「徳」の有無を見極めることとか。やることは山積み。
しっかりと、一歩づつ。丁寧に、楽しみたい。

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