7/05/2013

"Happy Fourth!"

24時45分、今もまだダウンタウンの方から花火と爆竹の音が聞こえてくる。

今日は7月4日。アメリカの10日間しかないNational Holidayの1つ、独立記念日(Independence Day)だった。インディペンデンス・デイと聞くとウィル・スミスが出演している映画を思い出してしまうけれど、その元ネタとなっているのが今日。
1775年4月(わずか240年前!)にイギリスからの植民者たちは、アメリカ大陸につくりあげた13の植民地の独立を求めてイギリスと戦争を始める。翌年7月4日に「独立宣言」を発表…「イギリスの植民地」が「アメリカ」という国になったアメリカの歴史上大切な日である。

この日を祝うときに、"Happy Independence Day!"とは言わない。
みな口をそろえて日付を読み上げて祝う。
"Happy the Fourth!" "Happy Fourth of July!"
街には星条旗柄の服や小物を着けた人で溢れ、花火を盛大にあげて祝う。
家族とBBQをしたり、野外でピクニックをしたりするのがオーソドックスな祝い方らしく、友達に誘われてDolores Parkでピクニックをした。
何度も友達と集まってのんびりしていた僕の大好きな公園は、たくさんのリラックスした人と、プチ野外コンサートを聞く人で埋めつくされていた。



友達の友達が来ては、"hi, I'm ~"と握手をする。それだけの簡単な自己紹介を交わして近くに座って行く。そしてその友達の友達が来て…を繰り返し、5人だったのが、10人、15人とどんどん人の輪が増えていく。けれど、別にお互い話さなきゃいけない!という気持ちはなくて、みんなただ自然に集まって飲んで楽しんでるだけ。
日本ではやろうと思ってもなぜだか出来ない、この薄っぺらく広がっていくコミュニティを久々に体験して、なんだか懐かしかった。

「2年ぶりだね、どうしてた?」
マレーシア系アメリカ人のMikeとその彼女のShannonはまだ学生。Shannonは相変わらずの人をわらかすのんびりキャラで、再会の瞬間に思いっきりハグをしてくれた。
インドネシア系のJonは、ダウンタウンに新しくできたユニクロで正社員として働いていた。新しくできた彼女のMaryとは職場で出会ったらしく、二人共幸せそうだった。





ビールを飲みながら、僕の2年間の旅の話や勉強の話、仕事やインターンシップのこと、ユニクロがブラック企業と言われていることや、ブラック企業とは何か、みんなバックグラウンドにアメリカではないものを持っているので、アメリカって国は〜…そんな話が尽きなかった。

暗くなり、Pierに行くと花火を見るためにものすごい数の人が集まっていた。
「フラッグ、1$だよー!」
そんな商売をしている親子を写真にとっていたらお母さんが突然話しかけてきた。怒られるかと思ったら、
「ねぇ、その写真、私のメールに送ってよ!携帯の電池が切れちゃって写真が撮れないのよ」
「あ、わかりました、送ります」
「ありがとう!じゃあフラッグあげる。さっきたくさんそこで貰ったもんだからお金はいらないわ。Happy Fourth!」
貰ったフラッグを売ろうとしてたんだね、お母さん。最近サンフランシスコに来て、
出稼ぎに来ているのだと教えてくれた。
フラッグと小さな思い出をもらった。





この2年間のあいだ、大切だと思って自主的に学んできた歴史、国際関係のこと、日本や世界の経済のこと、政治のこと。それらの知識がなければ、アメリカのこの祝日のことをただのお祭り騒ぎする祝日としか形容できなかっただろうし、友達との会話も深くは語れず、フラッグをくれたお母さんの懐事情なんかも気に出来なかったと思う。

2年間の自分自身の小さな成長と、変わらずクレイジーなこの街と人、問題と矛盾だらけなのに好きになってしまうアメリカという国。それらを感じることのできた貴重な1日だった。
Happy Fourth!

7/04/2013

2年ぶり、ただいま、サンフランシスコ

今の気持ちを例えるなら昔付き合っていた彼女と2年ぶりに再会するような気持ちかもしれない。

2年前、ほとんど同じベイブリッジが見える場所、ほとんど同じ日時に、サンフランシスコを旅立った。
留学を終えた後に旅を始めて、大学に戻ってからも休みがあるごとに何処かに出かけた。インドで貧困と生死を、香港で熱狂と躍進を、広島・長崎で歴史と戦争を、チュニジアで紛争と自然を。旅だけでなくて日常もしっかりと生きてきたつもり。この2年間で見たこと、聞いたこと、考えたこと、経験したことは本当にたくさんあって、忘れないようにブログにそれらの思考や経験を書き残してきている。

以前の自分だったら気づかなかったようなことに目が向くようになって、たくさんのことに好奇心が湧くようになった。

それでもまだまだ学生だから、本質的な部分はそんなに変われていないだろうし、自身の知識と知恵不足に悩まされる日々だけれど、この2年間で自分がどれだけ変化したのか、サンフランシスコが答えてくれるんじゃないか…そんな気持ちがある。
「久しぶりだけど、何も変わってないね」
「たった2年だけど、すごく変わったね」
でも、街は昔の彼女みたいには答えてくれない。だから、どうやって街を見るようになったか。どれだけ多様な視点を持てるようになったか。新しい気付きがあるか。それらは自分で自分に聞いてみる必要がある。


友達がブログで紹介していた話で、「一杯の水が入ったコップ」というものがある。
机の上にある水が入ったコップを見て、
「なんだ、ジュースじゃないのか…」
とがっかりする先進国の子供もいれば、
「生水が飲める!」
と感動する発展途上の国の人もいる。商売をしている人であれば、
「この水の原価はいくらで、どれぐらいの値段で売れるかな」 
と案を巡らすだろうし、 科学者や学者だったら、
「水の組成は…効用は…次の戦争は水を奪い合うものになるぞ…」
と考える。


同じ対象でも、その人が経験してきた背景や思考回路によって、生まれてくるものは全く異なる。この2年間で新しく得られたものはなんだろう。あるいは、変わってないことはなんだろう。変わっていないこともきっと大切なことで、それに気がつくことも大事だと思う。

人も街も、日々少しずつ変わる部分があり、変わらない部分がある。




7/01/2013

2013年の後半戦が始まった

7月1日、文月、半夏生。
1月1日から指折り数えて180とちょっとの日数が過ぎた。
「もう1年の半分が終わってしまった」
そんな言葉と、
「きょう、今年の後半が始まった」
こんな言葉。全く同じ7月1日を表現しているにも関わらず、二つの言葉と意識が向かう方向は180度異なる。前者は過去を、後者は未来を。
僕も含めた多くの人は前者のような過去マインドに陥っていることが多いように感じる。何もしていないときに考えることは過去の思い出話であって、それが楽しかった旅の話であれ悲しかった失恋の話であれ、考え始めると抜け出せない。


過去のことはそれを理解したり考えたりするのに充分な時間と言葉があるから鮮明だ。反対に未来のことや現在進行形のことはどう表現していいのか不確定でぼんやりしている。だから僕達の思考は簡単に思い出話を繰り返す。明日は今日の思い出話を、明後日は明日の思い出話を…そんなふうに、明確な昨日を整理することでいっぱいいっぱいになる。


でも、時折、僕たちは未来の話をすることもある。それが季節や暦の区切り。カレンダーをビリっと破った瞬間や、新しい季節の訪れを感じたとき。
1月1日には僕達は新年の豊富(New Year's resolution)と称して今年一年にやりたいこととか達成したいことなんかを高らかに宣言する。「夏が来ました」とニュースで聞けば今年は海に行きたいねとか花火やりたいねといった話に花が咲く。


季節に敏感になることは、僕達の抗い難い過去思考に歯止めをかけてくれる。
「できなかった…」という話より「したいよね!」という話をさせてくれる。
昔話より未来話をもたらしてくれる。
もしも、ちょっと昔のことに囚われているなー…と感じるのであれば、カレンダーを見つめたり散歩をして季節の移ろいを感じたりしてみる。そうすると、やれなかったことを悔やむ時間よりも、やりたいことがふつふつと心に浮かんでくることも多いんじゃないかな。


東南アジアで迎えた前半戦は終了。(→東南アジアで迎えた新年
2013年の後半戦が始まった。
僕のA Half-Year resolutionは引き続き、Think, Play, Loveで。
それにさらにTalkを加えて、ひとりよがりにならないようにたくさんの人との対話を通じて様々なことを考えたい。日々を楽しみたい。大切な人を愛せるようになりたい。