1/01/2015

元日の朝の空の色

何となく、
今年はよい事あるごとし。
元日の朝、晴れて風無し。
―石川啄木

元日の朝の空の色は何色か…。
そう聞かれると、殆どの人が「晴れ渡った青空」を思い浮かべるのではないだろうか。
しかし、実際には1月1日の空を必ず青くしてくれるほどお天道様はやさしくない。
晴れの日も雨の日も、今日のように小雪が舞う日もある。
日本海側では正月の三が日は大荒れの天気が続く。
この時節、青空が眼前に広がることなんて、実は少ない。





噴火、地震、大寒波…たくさんの「10年に一度」が昨年は日本を襲った2014年。
そんな珍しいことが毎年続いたらたまらない。
今年はどうか、穏やかな1年を…。お賽銭を投げ、二拝二拍手一拝。
自然を司る神様とかなにかそこら辺の偉大で厳かなものたちに、
この気持ちが伝わっていたら嬉しい。


あけましておめでとうございます。
今年からいよいよ社会人となる。僕の弟、大学の同期は既に社会人となっており、
彼らや尊敬する諸先輩方からも「社会になることの難しさ」をたくさん聞かされた。
「自分より優秀な人なんてたくさんいるよ」
「とにかく仕事を回すことで精一杯。社会の歯車にもなりきれていない」
「いい意味でも悪い意味でも、すれたかな」
「学生のときの自信なんて打ち砕かれた」
 たくさんのそんな言葉を聞いて、自分自身も今年の終わり頃にはそうやって後輩・同胞を相手に管を巻いているのだろうなぁ…と思いながらも、それが少し楽しみでもある。
学生が考えるように世の中が簡単だったら、だってそんなの、つまらない。
何かがすぐできるほど社会の仕事は簡単じゃない。
そして、すぐにできてしまうようなことは、すぐに役立たなくなる。
今は力不足でいい。ゆっくりとゆっくりと、知識と経験を蓄えること。
焦ることはないんだぞ、と。
半年、1年後の自分に伝えたい。


今年の目標。
1人で酒を飲むこと。
歴史の中にいる自分を意識すること。
花鳥風月を大切にすること。

周囲の人を想うことはもちろん大切であるけれど、すこしだけ大きな視点から、
自分のいる場所、いる意味を考えてみたい。
今年もよろしくお願いします。


12/03/2014

「そうだ 京都、行こう。」の時代

広告に費やされるお金というものは莫大で、何千万円から数億円という金額になることもあるという。自然、広告主と代理店は緻密なマーケティングを施し、時勢を読み、最もその広告に揺り動かされるターゲットとメディアと内容を適時決めていく。
そんなたくさんのお金と労力が投下される広告は、時代を反映する写し鏡のようなもの。広告が変われば時代も変わり、また、自分自身の気になる広告が変化すればそれはライフステージが変化したことを意味する。
今日は、20年も続く京都の広告の話。



「そうだ 京都、行こう。」
秋真っ盛りの京都へ紅葉を見に行った。購入したガイドブックに、JR東海の歴代の広告が掲載されていて、目を惹かれた。

1993年、バブルがはじけて数年後。
ただひたすらに働くことに意味を見いだせなくなったモーレツサラリーマンたち。
周りのすべて効率化し、時間やお金は余らせたのに心の充足感を感じられない主婦や年配の方々。
海外が近くなったけど、西洋にかぶれてもどうしようもないとと思い始めた若者たち。
そんなすべてのひとの心を射止めた広告が、「そうだ 京都、行こう。」。
第一回目、1993年の広告は、美しい清水寺を背景に、こんなキャッチコピーが入っていた。


「パリやロスに
ちょっと詳しいより
京都にうんと詳しいほうが
かっこいいかもしれないな。
外国のビジネスマンって、けっこう京都のことをよく知ってたりするんだよな。」



以来、この広告は20年も続くシリーズ広告となっている。
今年も京都市内やJRの駅構内で見かけた。


先にも述べたように、広告とは時代を移す鏡である。その鏡が20年来変化していないというのは、20年前から今に至るまで「そうだ 京都、行こう。」の時代や精神が続いているということ。
実はこの広告の前の時代には、「トリスを飲んでハワイへ行こう!」なんて広告がサントリーから出ていたり、テレビCMでは金髪のおねーちゃんが踊っていたりと、時代は海外や新しいものに溢れ、日本人の意識は進取の精神で溢れていた。

しかし、バブル崩壊後、人々の意識は未知なるものから内なるものへと変化した。
自身のアイデンティティの大切さ、大切なものは思ったよりも近くにあるという気付き、海外(特に多くの日本人が憧れるアメリカ)にはない日本独自の長い歴史の奥深さ…そういったことに興味を抱いた多くの人が、「そうだ 京都、行こう。」に惹かれていった。

そんな時代が、形を微妙に変えながら今でも続いている。
1995年の阪神・淡路大震災や2011年の東日本大震災の後に巷にあふれた「絆」や「頑張れ日本」という掛け声。
2020年の東京オリンピック、成長戦略としてのクールジャパン。
そのどれもが、新たなものを掴みに行く気概よりも内なるものを高めていくことに対する美意識を涵養している。
蛇足ながら、安部首相が常々とりあげる「地方創世」も、うまくそんな美意識を捉えていると思う。さて、衆議院選挙戦の結果や如何に。


時代の話から「そうだ 京都、行こう。」の広告自体に話を戻すと、僕は昔からテレビCMなんかでこの広告に触れていたはずだけれど、こんなに「いいなぁ…」と感じられるようになったのは最近のこと。歳を重ねて、留学を経験して、次第に内なるものへの美意識が生まれ、歴史などの「深さ」があるものに価値を見出し始めたのだと思う。


「そうだ 京都、行こう。」の時代は当分続くだろう。
最後に、僕がすごく好きなコピーをいくつか引用して、終えます。


1993年、1年に1つの鳥居を奉納されていく伏見稲荷神社の写真に。

「「これからのニッポンは?」の悩みには、
「むかしむかしのニッポン」が
お答えします。
一つくぐると一年むかし、と考えると、
さっきカーブしたあたりで三〇〇年はもどったってことなんだ。」

1997年、東福寺の美しい紅葉の姿に。

「六百年前、桜を全部、切りました。春より秋を選んだお寺です。」

2011年、秋、毘沙門堂。東日本大震災震災後の広告。

「いい秋ですね、と言葉をかわしあえる。
それだけで、うれしい。」





11/25/2014

新しく、また懐かしい、銀杏道

東京に住んで25年。

この街の魅力の数%も理解できてはいないけれど、最近は「初めて」訪れる場所ではなく、「再び」訪れる場所が少し増えてきた。
目新しいもの、派手で豪奢なものを求めて行ったら飽き足らないここトーキョーという場所。そんな中で、ふと懐かしさを求めたくなっている自分がいるように思う。ただ単純に学生というライフステージに長くとどまりすぎて、行き詰まっているだけなのかもしれないけれど。


今年も再び訪れた。神宮外苑の銀杏並木。
晩秋になり、メルトンのコートに袖を通し、マフラーを巻き、高く澄み渡った空を眺めると、ふと銀杏の黄色が見たくなる。家の近くの公園にもたくさんの色づいた木々はあるけれど、やっぱりここの並木道が一番きれいだと思う。
空は薄曇り。まだ緑を残した木々もあり、黄色と青の最高のコントラストは見れなかった。それでもたくさんの人が訪れていた。写真を撮ったり、のんびり散歩したり、ベンチに座って和やかに話したりしながら、上を見上げ銀杏を鑑賞していた。


花や木々を見ることは、地味な行為だと思う。
東京には次々とオープンするおしゃれなお店や、楽しいイベントがわんさかとある。新しいものを悪いとは思わないし、僕も流行には敏感でいたいから新しいものは積極的に勉強して吸収していく。けれど、そんな訪れては消えていく儚い物事は持ち合わせていない素敵な価値を、地味な銀杏並木は持っている。与えてくれる。


例えば、懐かしさ。
去年も来たね、昔も来たね…そんなふうに語らいながらこの場所を訪れている人はきっと多い。人生は決して先に先に進むだけが価値あるものではなく、いつかは昔を懐かしむ。そんなときに、変わらずそこにあり、でも少しだけ表情を変えて迎えてくれる草木の表情に、人はきっと安堵を覚える。
例えば、奥深さ。
絵を描いている人。写真を撮っている人。詩を思いつく人。
静かに自分の心の中に思い浮かぶ心象と向きあう時間は、騒々しさからは見つけづらい。自分の好きなスピードで歩き、感情の表層部分ではないところを探る。そんな行為をしている人が、ブラブラと並木道の下を歩く人のなかには多いような気がする。


新しく、また懐かしい、銀杏道。
また来年。