10/08/2013

「きっと、うまくいく」

週末に、映画館で映画を見ました。
「きっと、うまくいく」(原題:3 idiots)



初めてしっかりと見たBollywood movie(インド映画)。3時間でインターバルが途中に入り(日本の映画館では休憩なしでぶっ通しで放送する)、突然役者たちが踊り歌い出す。典型的なインドの娯楽映画の構成を踏襲していて、見る前には「くだらないって思うんじゃないかな」なーんて考えていたけれど、杞憂だった。とても良かった。


映画を見ながら、昨年の春に訪れたインドのことを思い出した。ウザったいぐらい集まってくる勧誘の人々。ギュウギュウ詰めの電車。当然のように値段をふっかけてくる行商。到着して最初の数日間はいろいろなトラブルに見舞われて、本気で帰りたいと思ったけれど、不思議なことに1周間が過ぎたころにはとても居心地よく感じた。それは、彼らのおおっぴらな感情が僕と擦れ合わさる感覚=摩擦熱が熱くて火傷しそうだったけれど、日本に暮らしていては得ることのできない暖かさをもたらしてくれていたから。冬場に手を擦り合わせて得られる幸せ、そんな暖かさ。


「きっと、うまくいく」も、その本質に感じたものはインドを旅して感じたダイレクトな感情とその幸福感。親子愛、理想と現実の間の悩み、挫折、死との直面、人生を楽しむこと、恋愛。普通の映画はこういったトピックをきれいなオブラートに包んで時には優しく、時には難解に(特にフランス映画なんかは)僕達に伝えてくれる。けれど、「きっと、うまくいく」は伏線を残しながらも、ものすごくダイレクトに大切なことを訴えていた。映画を見ながら、笑ったし、泣いたし、自分と照らしあわせて考えた。


僕の好きなミュージカル映画なんかと通じるものがあるなぁと思った。「あなたを愛してる」といったような言葉を、ただ棒立ちで伝えても観客の心には響かない。伝えたい大切なメッセージを音律とダンスに乗せて、心に伝える。ミュージカルで歌われる歌詞をゆっくり読んでみるとくさーいセリフのオンパレード。でも、それを受け止めさせてしまう力が音楽にはある。似たようなメッセージの伝え方を「きっと、うまくいく」もしていた。だから、見終わったあとの余韻が心地よかった。


朝日新聞で沢木耕太郎さんもレビューを執筆されていました。
「きっと、うまくいく」友の謎追い 美しき世界へ(朝日新聞DIGITAL 2013年6月6日)
今は、六本木の小さな小さな劇場で上映中。
家のテレビではなくて、大きな画面で、良い音楽と、3時間、笑い泣きながら。
おすすめです。


P.S.
ちなみに、今見たい映画は『ジンジャーの朝』(原題:Ginger & Rosa)

歌手/詩人の一青窈さんが、この映画を見て、小林健二さんの次の詩を思い出されたそうです。
「ねぇ なんできれいなものは ひかりにすけて
うつくしいものは かなしくて
かわいいものは わらっているの?」
冷戦時代の社会の矛盾やら、政治不安といった背景があるとのこと。
渋谷、シアター・イメージフォーラムにて上映中。


10/06/2013

大きな世界地図と小さなもの

大きな大きな世界地図を、僕の狭い部屋の壁に貼った。



4年前の僕のパスポートには、スタンプはひとつも押されていなかった。Facebookの友達の数も、数えるほどの人しかいなかった。この2〜3年以内に出会った友人の中には、僕が昔から海外を飛び回ったりしていると思っている人がいるけれど、とんでもない。海外で起こっていることを考える余裕なんてない、視野の狭い人間だった。というよりも、自分自身の視野が狭いということにすら気がついていなかった。


今でも格段それが変わったとも思わないし、4年前とくらべて視野が広がって何かができるようになったかと問われると、悲しいけれどそうはなってない。逆になにも知らないほうが強くいられたのではないかな…って悩み悲しくなることもある。でも、明らかに言えること、変わったことは、4年前の僕は部屋の壁に世界地図を貼ろうとは思わなかったということ。


異国の酒を口にして、現地の人と笑いあった。僕を好きになってくれる人もいたし、恋焦がれる出会いもした。その経験から、僕はなにか専門性を得たわけでもない。では何を得たのだろう…と考えた。出した結論が、この世界地図。地図の上にある様々な国の名前、都市の名前、以前は何も考えられなかったこれらの文字列を眺め目を閉じると、そこに生きる人々の笑う声、泣く姿、怒れる様子がなんとなく、思い描けるようになった。


ものすごく不思議なことだけれど、大きく大きく物事を考えはじめたら、逆に小さな小さなものに気がついて心打たれるようになった。人間はどうして生きてるのか、働くのか、争うのか、愛するのか、死ぬのか、笑うのか。草木の美しさ、雨の気持よさ、空気の香りと空の色。例えば、こんなこと。考えたり気がついたりしたのは、世界地図の上にいる自分自身を意識して俯瞰できたときだった。旅をしてるときだった。


ベッドの横に貼った世界地図は、毎日、起きるときに、寝る前に、必ず視界の中に入る。それは世界を意識するモチベーションではなく、すぐ近くにある大切なものや特別な人を大切にするべきだと気づかせるスイッチとなる。
大きな世界と小さな大事なものは、どこかでつながっている。
そんなふうに僕は思っている。

9/21/2013

ポジティブなメキシコを見てみたくて

「メキシコに行ってくる」
そう言ったときのアメリカに住む友人の反応の多くは次のようなものだった。
「1人で行くの?危険だからやめたほうがいいよ」
「旅行者が惨殺されたってニュースをしょっちゅう聞くけど大丈夫?」
それらはみな、ネガティブなものばかり。Los Angelesの市中の本屋で見つけた報道写真集(名前は失念)はメキシコのドラッグウォー(wikipedia)の被害に遭い惨殺された人々の姿を生々しく写し、メキシコ行くのやめようかな、と思わせるに充分な内容だった。(トルコのカッパドキアにて今夏被害にあった2人の大学生の話も聞いていたので)


麻薬がらみの犯罪が横行し、それに伴い腐敗が発生し、貧富の格差が広がっている。誘拐事件や虐殺死体のニュースはかなりの頻度で報道されている。アメリカ側から見たメキシコの姿は、地獄絵図のように形容されていることが多い。確かに、凶悪犯罪が発生していることは確かであるし、外務省も渡航に関して特定地域へ行く際に注意を喚起している。(→外務省 海外安全ホームページ


上で述べた話は、すべて事実である。でも、それらの情報だけを得て「メキシコは危険」だと判断するのは間違っていると僕は思う。なぜならそれらはメディアによって「ネガティブな一面だけ」を「過度に強調して」編集された情報であるように感じられたから。
本当のメキシコの街ってどんなものなんだろう。メディアが報道しない「当たり前」のメキシコはどんなものなのだろう。
ポジティブなメキシコを見てみたくて、僕は旅することにした。









メキシコの街を歩き見た感想を、一言で言うと、「綺麗」になるだろう。
San Francisco留学時代に出会った友人のLuisが案内してくれたQueretaroの街は石畳が美しく、広場に集う人々の笑顔がやわらかい。メキシコ最大の街、Mexico Cityは清潔で活気に溢れ日本の新宿を思わせる。世界遺産に認定されているPueblaは数々の教会とレストランの照明に照らされて明るく輝く。移動に使った街と街をつなぐ高速バスはいままで乗ったどのバスより(日本も含め)も快適で、英語は通じないことが多いけれど現地の人々はみな優しかった。


日本でも、例えば、ひどい犯罪は発生している。子供が親を刺殺する。いじめで小学生が飛び降りる。包丁を持って小学校に乱入…このような事件をメディアはどのように報道しているだろうか。日本に住む僕達にはそのような悲劇的な事件が日常茶飯事のように発生しているのではないと感覚的にわかる(と思う、そう会って欲しい)けれど、海外の人々はどうだろう。ある一面の情報だけが切り取られ、否定的な印象を与えるためのプロパガンダとして使われてはいないだろうか。


今回の旅をして、思い起こしたのはサッカー日本代表の中田英寿さんの言葉。(→日本を勉強しようと思い立った」
「人に合わないと、文化の素晴らしさはわからない。情報はインターネットで手に入るが、最終的に「わかる」には自分で体験するしかない。だから、人に会いに行くのが僕の旅。」
結局は原体験を積まないと本質的にモノゴトが自分自身のなかで理解されるようになることはない。でも、僕の時間は有限ですべての出来事に触れることは不可能。だから、以前に書いたブログ記事「切り取られた表現や事実を補間する力が欲しい」で述べたように、想像力や裏側にあるもの、今回のメキシコ良好に関して言えば「ポジティブなメキシコ」を意識できる力を養いたい。その気持ちをまた強く感じる旅となった。


最後に…当然だけれど、メキシコの街はポジティブだらけではなかった。Guanajuato, Pueblaの街ではデモする労働者階級とみられる人々の姿を見かけた。街中には警察が多く、マシンガンを持つ警官と肩をぶつけてすれ違うこともあった。Mexico Cityの中央に位置する"Monumento a la Revolucion"はホームレスのような人々が集いテントでできた巨大な迷路のような様相を呈していた。







陰の中から陽を。陽の中から陰を。
そのどちらも重要で、想像する力、実際に見に行く行動力、さらには改善するためにできることはないかと悩む力を持ち続けていたい。大きすぎるトピックだと分かっていても。1人の力でできることなど限られていると知っていても。これからも。