9/11/2012

カッパドキアには毎朝、気球の雨が降る

トルコ・カッパドキアにて、アンカラへ向かうバスの待ち時間に。11:00am, 11/Sep


イスタンブールに2日滞在し、12時間の深夜バスでトルコの内陸部アナトリアのカッパドキアへ。スクーターを借りて奇岩連なる大地を走り回り、気球に乗り、出会った旅行者と飲んだり語らいあったり。


独りで旅をしていると、本当にたくさんの人と出逢う。そして旅をしている人は、みなそれぞれ十人十色の旅をしている。

弾丸ツアーで、見所を抑えてサクサクと次の街へゆく人。

観光地・観光客が集う場所を嫌い、ひたすら秘境を目指す色黒の旅人。

初の海外旅行でビビっている19歳の学生バックパッカー。

これから中東を回るというたくましい、たくましい女の子2人組。

地球の歩き方とにらめっこしながら次の目的地を考え悩む僕と同い年ぐらいの日本人……


「なんでトルコにきたの?」と聞いたときの答えも様々だ。

「沢木耕太郎の深夜特急に憧れて。それとほぼ同じルートを周ってる。」

「カッパドキアの気球に乗るのが夢だった。」

「イスラム文化に興味があって。」

「アジアとヨーロッパの中間っていう言葉に惹かれて。」

「なんとなく……」


人の数だけ旅がある。
日程も、予算も、ルートも、目的も。誰一人として同じ旅をしている人はいなくて、誰一人として同じ感動や退屈を感じている人はいない。


最低か最高、そのどちらかである極端な旅をしている人(僕が出逢うのは、たいてい前者であるけれど)は、それだけ刺激的な経験をたくさんしているようで、ギラギラした眼と、なぜかくすんだ眼をもって僕に話をしてくる。出会って数時間では語りきれないようなたくさんの話を持っているのだろうけれど、それを自慢げに話したりはしない。だから僕は彼らと話をするのが好きだ。


僕の旅のかたちは、あまり決めていないけれど、かなり中庸なものであると思う。
高い宿には止まらないけれど、お金はそこそこあるから気球ツアーなどのやりたいことはやって、でも時間短縮のためのツアーには参加せずに安いスクーターを乗り回して、観たいと思った観光名所はほぼほぼ周るけれど、世界遺産の教会を見るお金を払うのをしぶってその浮いた分でワインを飲んだり。
地球の歩き方がやはり相棒で、それをみながら次の目的地を決めたり街を歩くけれど、だれかが「〜が良かったよ」と教えてくれた場所にあまり下調べもせずに行くことを決めて、結果、バスがなくて、宿も取れず、まぁでも行けばなんとかなるだろうと、とにかく近くの街へ行くことを決めたり。(いま、まさにその状況)

ストレスだらけの旅ではないから、ぼーっとする時間も多くて、日本が恋しくなったり、昔付き合ったり好きになった大事な人のことを思ったり、退屈したり。



旅をしている人は、みんな僕のように、なにかやだれかを想いながら日々を過ごしているのだと思う。



中庸でストレスの少ない旅をしていても、ふとした瞬間に素敵だなと思う言葉や景色に出逢う。

昨日の早朝、気球に乗って地上800メートルまで昇った。そこで、気球を操ってくれたトルコ人のガイドの言った言葉とそこからの景色が、今回のカッパドキアでのハイライト。

"In Cappadocia, balloons rain every morning. Beautiful, isn't it?"

「カッパドキは毎朝、気球の雨が降るんだ。キレイだろ?」

本当に、キレイだった。



9/07/2012

A greeting from Istanbul

イスタンブールの新市街、サンフランシスコを彷彿させるようなような坂道の中腹にあるカフェにてターキッシュティーを頂きながら。


一ヶ月に及ぶ長い旅が始まったのだけれど、今の心境は若干のホームシック。というかホームの気持ちが抜けきれていない。


東京でのまあまあ(学生ですからね、ぶっちゃけそんなにキツくないですよ)忙しい毎日や日々のスピード。
常日頃からそのスピードに溶け込まないように、自分自身の時間をもって余裕をもって生きていこうとしていたのだけれど、知らず知らずに東京のスピード感が身体に染み込んでいたみたい。

そして家族、研究室、バイト先、友達といった誰かと一緒にいることで得られる「所属の時間」。SNSの普及で毎日の些細な時間もなにか・なにものかに所属してしまっている最近の風潮が僕は嫌いで、その反対であるなにものにも属さない独りの時間=「無所属の時間」を大切にしていたのだけれど、いざ旅がはじまって目の前に莫大な「無所属の時間」が広がると物怖じしてしまう。そして嫌いと言っていた「所属の時間」が恋しくなって、友達とLINEで会話をしたり、Facebookを開いたり。
人は最後は独りなのだけれど、独りでは生きていけない。そんな当たり前のことを再度確認したりしている。


「知らず知らずに染み込んだ東京のスピード感」
「所属の時間」
これらを旅を通じて捨て去りたいとは思わない。けれど、せっかく異国の地にいるのだからこれらを自分の心から少しだけ追い出して、空いた部分になにか大事なものを詰めて家路につくことができたらいいなぁと思う。


旅はまだ始まったばかり。
今回の旅には父親から借りた携帯キーボードがあるので、思ったことや感じたことをなるべく多く、残しておこうと思う。


14時間の成田からイスタンブールまでの飛行機の中で読み終わった本、伊集院静さんの「旅行鞄にはなびら」から引用。

”旅のあとさき……。旅に出かけて戻ってきた人が少し何かが変わる時がある。
さまざまな旅があるのだろうが、出かけた先で何か今までと違ったものにめぐり逢うことが、人のいろんな行動の中での旅をするという行為の特徴なのだろう。どこかが変わった人がいれば、何かに出逢ったのかもしれない。
旅はやはり何かにめぐり逢うのだろう。それが訪れた先で出逢った人、風景、出来事の場合もあるし、本人も気付くことのなかった自身のうちに隠れたものであっても、ともかく旅はめぐり逢いなのではなかろうか。”

9/06/2012

「充実」「忙しさ」「旅」「大人の流儀」

葉月去りて、長月来たる。

気がつけば9月。
大好きな夏も次第に終わりにむかっていて、陽射しの強さと反比例して、物悲しさが心に溢れてくる。
海、インターンシップ、誕生日、花火、祭り、箱根旅行、研究発表、BBQ、短かったけれど恋もして。自分が想像している以上に「充実」していて、自分でも嫌気が差すほど「多忙」であった。

留学に出発する以前、僕は「充実」=「多忙」であると思っていた。
勉強にアルバイトにひたすら奔走して、予定を入れて「忙しい!」って言うことが充実しているということであると思っていた。「多忙」→「充実」の流れ。
でも、これは今振り返ってみると間違っていた、と思う。忙しいふりをして大事なことを後回しにしたり、あるところでの仕事・やるべきことを他方の忙しさを理由にしてサボったりして。忙しかったけれど、結果、何も充たされず実ることもなかった。

今年の夏の忙しさは、しかし、留学以前の自分が経験していたものではなかったように感じる。それは、「充実」→「多忙」の流れであったから。
今現在、目の前にあることに対して本気になって、実らせようとすると、自然と忙しくなる。他のことを考える時間もないぐらいの真剣さで取り組むと、時間の経過の早いこと早いこと。たった2週間であるけれど始めて参加したインターンシップはまさにこれで、季節の移りかわりを忘れさせてしまうほどの充実さと忙しさを経験した。

忙しさをともなわない充実なんてきっと存在しない。
たとえセンスがあって本気にならなくても成果が出せるのであったとしても、真剣に取り組む人の方が僕はかっこいいと思うし、そういう人でありたいと思う。

「充実」→「多忙」の流れを経験したインターンシップは、とてもよい経験で会ったけれど、今の自分にはインターンぐらいのピリオドがちょうどいい。今はもっと忙しさから開放されて、自分が大切だと思うこと(=お金にはならないこと)に費やす時間も大事にしたい。


明日から1ヶ月、僕は旅に出る。チュニジアとトルコへ。
今年の初めに出会った人が「好き」だと言っていた国へ行ってみたい。たったそれだけの気持ちで、遙か北アフリカの国へ行く事を決めてしまった自分もどうかと思うけれど、きっとこうやってランダムに、本能の赴くままに、「充実」のためでも「忙しさ」のためでもなく、自分がやりたいことをやる自由がある。自分が考えたいことを考える自由がある。それが今の僕のしたいことであって、僕はそれが今の僕のやるべきことであると思っている。


盛りだくさんになってしまうけれど、最後に、読み終わった本からクオート。
伊集院静さんの著書「大人の流儀」、その中の「大人の仲間入りをする君たちへ」というエッセーから一部を引用。
著者は以下の言葉を新成人へ向けて発しているのだけれど、なぜだろう、今の僕にとてもとても心に残るものであった。

一 すぐに役立つものを手にして、何かが上手く行ってると思うな。すぐに役立つものはすぐに役に立たなくなる。
二 金をすべての価値基準にするな。金で手に入るものなどたかが知れている。金を力と考える輩は、さらに大きな金の力で、あっという間に粉々にされる。金は砂と同じだ。
三 自分だけが良ければいいと考えるな。ガキの時はそれもゆるされるが、大人の男にとって、それは卑しいことだ。
四 世界を見ろ。日本という国がどれだけちいさく、外国からどう日本人が見られているか、将来、この国はどうなって行くのかを自分で考えるんだ。
五 神社、寺で手を合わせた経験があるなら、キリスト教、イスラム教、仏教を学んでおくことだ。そこに今の世界観の出発点がおうおうにしてある(食事中に戦争と宗教の話はしない)。
六 他人を見てくれで判断するな。自分の身形(みなり)は清潔にしておけ。
七 二十歳から酒を飲めるようになるが、乱れるな。愚痴るな。品の良い酒を覚えろ。
八 今はこう言ってもすぐにはわからないだろうが、周囲の人を大切にしろ。家族、友、恩師…

後付けの理由であるけれど、僕が今回チョイスした旅先はイスラム圏である。上に載せたリストの5番で、伊集院静さんが言わんとすることを僕は自然とこなしている節がある。
ヨーロッパとアメリカでキリスト教を、インドと日本で仏教を、見て学び感じてきた。

初のイスラム圏へ。旅が始まる。